2003年7月1日号(NO.155)    

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無 題

 最近は、頓に意欲が低下して余暇は「ひねもすゴロ寝ゴロ寝かな」が多く、本欄に相応しい題材もない。そこで窮余の一策、平盛教授の講演−当日別件のため欠席したのでテープに録ってもらった−の印象を備忘を兼ねて抄録してみる。
 先生の発想、思考、話法にはいつも感銘を受ける。好みに合うといっては失礼かも知れないが、共鳴点が多い故ではと自惚れている(云うまでもなくレベルはちがうけど)。

○科学も哲学も基礎は言葉。 人は考える時は自国語で考える。故に深く正確な思考には正確な日本語の力が必要と、学会での英語強要の愚と内容を曖昧にするニオケルーシス病、原爆投下の原因やも知れぬポツダム宣言誤訳の恐ろしさなど例示された。

○医の臨床と科学(ExBMとEBM)はちがう。 EBM流行りで臨床医学も科学と考え勝ちだがこれは違う。科学は普遍的、客観的、論理的、分析的であるのに対して臨床は個別的、実践的、多面的、総合的であるからである。医学は臨床の知が基盤でありその中に医の科学が一部含まれるものという哲学者の言を引用され、臨床経験の大切さを説かれた。

○狭心症治療の世界標準。 日本の専門医療機関での治療法(薬物療法、PTCA、バイパス手術)選択の比率が医師の好みに左右されてか大きく異なることを示され、岩手医大は米国の大学と症例の遠隔コンサルトを行い全例一致したことで世界標準にあると検証したことを紹介、日本ではこのレベルにある専門医療機関は数少ないことを指摘された。医は患者のためにあり、医師、研究者のためのものではないことは基本中の基本であり、信じた者が正しいのは宗教の世界、単にしてみたいからするのは(日本にはPTCAを好む医師が多いことを指す?)子供の世界=小児化症候群と揶揄された。

○医療に対する国の施策。 米国ではDRG、PPSシステムが15年間の失敗を経て見直されつつあるのに日本はこれから始めようとしている。米国では費用だけでなく医療事故を減らす目的でIT化を法制化して1億ドルを投入したのに日本では医療費抑制のみが強調されている。急性期医療の定額化は最悪で、診療内容の評価とは異なる係数を用いて費用を算定する。病院機能評価でも適切で良質な医療が為されているかの評価はされて居らず、粗末な医療でも5ツ星があり得るのである。

○健康21についてのあれこれ。 
・生活習慣病の呼称は成人病(欧米では性病と同義)と同様におかしい。生活習慣がその発症、進行に関与するとの過程が抜けているからである。・厚労省が掲げる不健康指標 美食、豊満、酒豪、不満、不安、羨望、嫉妬、怒り、興奮、がんばりなどは人生そのものである。健康のためなら死んでも良い?健康そのものが生きることの目的であるかの如きキャンペーンは世界初のものだろう。喫煙は悪習ではあるが煙草を喫うと皆肺癌で死亡するかのようにマインドコントロールされて行く。
・人類発祥400万年のうち最近100年の生存環境の変化で生存に必須だった遺伝子が不適合化した結果、生活習慣病を作った。不適合遺伝子病と称するのが正しい。日本人はもともと飢餓抵抗型で栄養と運動に反応しやすい。・平盛版スローガン「健康21は空き腹と肉体労働から」。・健診の効率化を図るべきである。効率的な方法と予後調査モデル作成が必要で岩手モデルが動き出している。・栄養学は科学的根拠が乏しいが米国ではそれを科学的に求めていく姿勢がとられつつある。

○医療法。 日本の医療法では多くの医療職の中で医師のみが医療行為の権限と責任を持つ。チーム医療と云っても権限も責任もない人が集まって、医師のみが1人「お山の大将」であるのは小児的。今救急の場でメディカルコントロールに懸命だが、米国では本来「チームで為した仕事を後で医師も入れて評価する、プロが集まってやる」メディカルコントロールが医療法の下で導入しようとすると「責任は医師がとるから指示通りにやれ」と歪められてしまう。

○その他。 学生に向けた話題から
・偏差値・専門家指向・専門バカなどについて。・医療では総合医を目指せ。内科全般が基盤、プライマリーケアと全科の初期救急をやり、その後に一部が専門医を目指せば良い。・チーム医療では大人の交わりが、医師には経験と患者を知り多くの交流能力が必要。・経験は必要だが、感受性の欠除で経験を積んでもダメな人間が居ることは医師でも同じ。・社会性のない医師は公害である。・日本の社会の幼児性、幼時に基本として身に付けるものが大学生になっても身に付いていない、医学教育よりも幼児教育の方が余程大切 などなど。

 最後に先生が今までの成果の殆どを注いだ知的財産権の獲得を目指す株式会社方式のベンチャー企業を立ち上げたPRをされて講演を終えられたが、更めて先生の明晰かつ柔軟な頭脳、構想力、活動力に感服した次第。
(K.G)

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